2007年8月30日木曜日

ひつじ

ひつじ    西条八十

ひつじ、ひつじ、
真白なひつじ、
やさしいひつじ、
あったかい春の日に
青い草をたべながら
そろって通るひつじ。

名をよびゃ
ふりかえる、
おかあさんの瞳に
ちょいとにたひつじの瞳。

けが

けが    西条八十

ふいても、ふいても
血がにじむ、
泣いても、泣いても
まだいたむ、
ひとりでけがした
くすり指。

ほかの指まで
あおざめて
心配そうに
のぞいてる。

からすの手紙

からすの手紙    西条八十

山のからすが
持ってきた
赤い、小さな
状袋。

あけて見たらば
「月の夜に
山が焼け候、
こわく候。」

返事書こうと
目がさめりゃ
なんの、もみじの
葉がひとつ。

春の日

春の日    西条八十

行ったり、来たり、
きのうもきょうも、
山のうえを
白い雲が。

行ったり、来たり、
昔のままの
おへやの時計
さびた振子。

行ったり、来たり、
窓の下は
花の祭り。
馬車と人が。

行ったり、来たり、
春の日かげの
母なきへやを
小さい風が。

冬    柳沢健

さあむいさあむい冬が来た。
たれと来た。
お山のお寺の小僧と来た、小僧と来た。
小僧はお堂で朝っから、
大声あげてお経読み、
和尚様にかくれて懐手、
それがこっそりめっかって、
お経の真中にしかられた、しかられた。
お経がすんだら豆腐買い、
雪靴はいてとぼとぼと、
峠を越えて買いに来た、買いに来た。
豆腐は買ったが帰るさに、
真白な犬にほえられて、
買うた豆腐を落とした、落とした。
さあむいさあむい冬が来た。
たれと来た。
お山のお寺の小僧と来た。
豆腐を落とした小僧と来た、小僧と来た。

おもちゃの舟

おもちゃの舟    西条八十

雪のふる夜に
かあさんの、
ひざにもたれて
おもうこと。ーーーー

あかい帆かけた
おもちゃの舟は、
夏の川原に
忘れた舟は、
どこへ流れて
いったやら。

山の母

山の母    西条八十

いつも見る夢
さびしい夢、
月の夜ふけの
山の上。

青いひかりに
ぬれながら、
うちの母さま
ただひとり。

草もはえない
岩山の、
白い素足が
いとしうて。

泣いてまねけど
もの言わず、
風にゆれるは
影ばかり。

いつもさめては
さびしい夢、
月の夜ふけの
山の上。

月夜の家

月夜の家    北原白秋

こわれたピアノに、
こわれたいす、
誰が月夜に弾いててか、
誰もいもせず、音ばかり。

白いむくげに、
青硝子、
母様もしかと来て見ても、
中には月のかげばかり。

ときどき光る、
目が二つ、
黒い女猫の目の玉か、
それともピアノの金の鋲。

こわれたピアノに、
こわれたいす、
誰が弾くやら泣くのやら、
部屋には月のかげばかり。

空には七色、
月の暈、
いつまで照るやら、照らぬやら、
こわれたピアノの音ばかり。

お菓子の家

お菓子の家    西条八十

山のおくの谿あいに
きれいなお菓子の家がある。

門の柱はあめんぼう、
屋根の瓦はチョコレイト、
左右の壁は麦らくがん、
ふむ敷石がビスケット。

あつく黄色い鎧戸も
おせばこぼれるカステイラ、
静かに午をしらせるは
金平糖の角時計。

たれの家やら知らねども
月の夜更けにおとずれて、
門の扉におぼろげな
二行の文字を読みゆけば。ーーーー

「ここにとまってよいものは
ふたおやのないこどもだけ」

とんぼの目玉

とんぼの目玉    北原白秋

とんぼの目玉はでっかいな、
地球儀の目玉、
せわしな目玉、
目玉の中に、
小人が住んで、
千も万も住んで、
てんでんに眼鏡で、あっちこっちのぞく
上見ちゃピカピカピカ
下むいちゃピカピカピカ
くるくるまわしちゃピカピカピカ
玉蜀黍にとまれば玉蜀黍がうつる。
草っ葉にとまれば草っ葉がうつる。
千も万もうつる。
きれいな、きれいな。
ところへ、子どもが飛んで出た。
ぴょっくらひょいと飛んで出た。
さあ、にげろ、
わあ、にげろ。
麦わら帽子が追ってきた、
千も万も追ってきた。
おおこわい、
ああこわい。

鉛筆の心

鉛筆の心    西条八十

鉛筆の心
ほそくなれ、
けずって けずって
細くなれ。

三日月さまより
なお細く。
蘆の穂よりも
なお細く。
つばめの脚よりなお細く。
ズボンの縞より
なお細く。

朝の雨より
まだ細く。
えんどうの蔓より
まだ細く。
ぎっちょのひげより
まだ細く。
香炉の煙と
きえるまで。

鉛筆の心
ほそくなれ。
けずって けずって
細くなれ。

2007年8月29日水曜日

夕顔

夕顔    西条八十

去年遊んだ砂山で
去年遊んだ子をおもう。

わかれるぼくは船の上、
送るその子は丘の上。

船の姿が消えるまで、
白い帽子をふってたが。

きょう砂山に来てみれば、
さびしい波の音ばかり。

あれほど固い約束を、
忘れたものか、死んだのか。

ふと見わたせば磯かげに、
白い帽子がよぶような。

かけて下りれば、夕顔の、
花がしょんぼり咲いていた。

夏のうぐいす

夏のうぐいす    三木露風

うーぐいす、
うーぐいす、
籠の鳥、
鳴いて鳴いて鳴きとおして、
日がな一日、鳴きとおして、
あかるい夏の日が暮れる。

うーぐいす、
うーぐいす、
谷渡り、
里のお山がこいしかろ、
山にゃ真っ赤な百合がさき、
樺の林に日があたる。

うーぐいす、
うーぐいす、
くうろいきものをかぶせられ、
とまり木につかまって、
ひとりぼっちで眠ります。

さてもさみしいうぐいすが、
夜見る夢はなんであろ、
籠のむこうに夕星が、
ちいろり、ちろり、
またたいた、
またたいた。

あしのうら

あしのうら    西条八十

赤いカンナの
花陰に、
にょきり、出ている
あしのうら。

主はだれやら
知らねども、
白く、小さな
指五つ。

朝来て、午来て
晩に見りゃ、
かあさんによくにた
あしのうら。

ちょいとさわれば
消えうせて、
紅いカンナの
花ばかり。

あわて床屋

あわて床屋    北原白秋

春は早ようから川辺の葦に、
かにが店だし、床屋でござる。
チョッキン、チョッキン、チョッキンナ。

小がにぶつぶつ石鹸をとかし、
おやじじまんで鋏をならす。
チョッキン、チョッキン、チョッキンナ。

そこへうさぎがお客にござる。
どうぞ急いで髪かっておくれ。
チョッキン、チョッキン、チョッキンナ。

うさぎぁ気がせく、かにぁあわてるし、
早く早くと客ぁつめこむし。
チョッキン、チョッキン、チョッキンナ。

じゃまなお耳はぴょこぴょこするし、
そこであわててチョンと切りおとす。
チョッキン、チョッキン、チョッキンナ。

うさぎぁ怒るし、かにぁはじかくし、
しかたなくなく穴へとにげる。
チョッキン、チョッキン、チョッキンナ。

しかたなくなく穴へとにげる。
チョッキン、チョッキン、チョッキンナ。

しぐれの歌

しぐれの歌    三木露風

ふれ、ふれ、しぐれ。
しぐれの音は銀の音。
白い月が曇ります。

黒い瓦にさっさっさっ、
竹の垣根にさっさっさっ、
犬の首輪にさっさっさっ。

しぐれの脚は早い脚。
遠くの森へかけてゆき、
低い雲にさしかかり、

かれた柳にさっさっさっ、
暗い舟にさっさっさっ、
波の頭にさっさっさっ。

ああそべ、あそべ。、
しぐれよ、あそべ、
いったりきたりしてあそべ。

樋の口が鳴りだした。
水の音が鳴りだした。
とんとん とんとん 鳴りだした。

かなりや

かなりや    西条八十

唄を忘れたかなりやは、後の山に捨てましょか。
いえ、いえ、それはなりませぬ

唄を忘れたかなりやは、背戸の小薮に埋めましょか。
いえ、いえ、それもなりませぬ

唄を忘れたかなりやは、柳の鞭でぶちましょか。
いえ、いえ、それはかわいそう

唄を忘れたかなりやは
象牙の船に、銀の櫂
月夜の海に浮かべれば
忘れた唄をおもいだす。

赤い鳥 小鳥

赤い鳥 小鳥    北原白秋

赤い鳥、小鳥、
なぜなぜ赤い。
赤い実をたべた。

白い鳥、小鳥、
なぜなぜ白い。
白い実をたべた。

青い鳥、小鳥、
なぜなぜ青い。
青い実をたべた。

お祭り

お祭り    北原白秋

わっしょい、わっしょい、
わっしょい、わっしょい。
祭りだ、祭りだ。
背中に花笠、
胸には腹掛、
むこう鉢巻、そろいのはっぴで、
わっしょい、わっしょい。

わっしょい、わっしょい、
わっしょい、わっしょい。
神輿だ、神輿だ。
山椒は粒でも、ピリっと辛いぞ、
これでも勇みの山王の氏子だ。
わっしょい、わっしょい。

わっしょい、わっしょい、
わっしょい、わっしょい。
真っ赤だ、真っ赤だ、夕やけ小やけだ。
しっかりかついだ。
あしたも天気だ。
そら、もめ、もめ、もめ。
わっしょい、わっしょい。

わっしょい、わっしょい、
わっしょい、わっしょい。
おいらの神輿だ。死んでも離すな。
泣き虫ゃすっ飛べ。差上げて廻した。
もめ、もめ、もめ、もめ。
わっしょい、わっしょい。

わっしょい、わっしょい、
わっしょい、わっしょい。
廻すぞ、廻すぞ、
金魚屋にげろ、銀魚屋もにげろ。
ぶつかったってしらぬぞ。
そら、どけ、どけ、どけ。

わっしょい、わっしょい、
わっしょい、わっしょい。
子供の祭りだ、
ちょうちんつけろ、
御神燈つけろ、
十五夜お月様まんまるだ。
わっしょい、わっしょい。

わっしょい、わっしょい、
わっしょい、わっしょい。
あの声どこだ。
あの笛なんだ。
あっちも祭りだ。
こっちも祭りだ。
そら、もめ、もめ、もめ。
わっしょい、わっしょい。

わっしょい、わっしょい、
わっしょい、わっしょい。
祭りだ、祭りだ。
山王の祭りだ。子供の祭りだ。
お月様紅いぞ、御神燈も赤いぞ。
そら、もめ、もめ、もめ。
わっしょい、わっしょい。

雨    北原白秋

雨がふります。雨がふる。
遊びにゆきたし、傘はなし、
紅緒の木履も緒が切れた。

雨がふります。雨がふる。
いやでもお家で遊びましょう、
千代紙折りましょう、たたみましょう。

雨がふります。雨がふる。
けんけん小きじがいまないた。
小きじも寒かろ、さびしかろ。

雨がふります。雨がふる。
お人形寝かせどまだやまぬ。
お線香花火もみなたいた。

雨がふります。雨がふる。
昼もふるふる、夜もふる。
雨がふります。雨がふる。

忘れたばら

忘れたばら    西条八十

船のなかに、
忘れたばらは、
たあれがひろった。

船のなかに、
残ったものは、
めくらがひとり、
かじ屋がひとり、
おうむが一羽。

船のなかの、
紅いばらを、
ひろったものは、

めくらがひとり、
見ていたものは、
青空ばかり。

紅い雲

紅い雲    小川未明

ああかい雲、あかい雲、
西の空の、あかい雲。

おらがおばのおまんは、
まだ年、若いに、
嫁入りの晩に、
海の中に落ちて、
ああかい雲になった。

おおまん、おまん、
まだ年、若いに、
あかい紅つけて、
あかい帯しめて、
からこん、からこん、
下駄はいて、
西のお里へ嫁にいった。

ああかい雲、あかい雲、
西の空の、あかい雲。

毛虫とり

毛虫とり    三木露風

毛虫、毛虫、
栗の木の枝に、
毛虫が寝てる、
むくむく毛虫。

毛虫を落とせ、
ゆすぶって落とせ、
雨の露ぱらぱら、
毛虫もぱらぱら。

落とせ、落とせ、
落とした毛虫、
雀にくれろ、
泥ん中へ埋めろ。

むくむく毛虫、
花の傍はっている。

あの紫は

あの紫は    泉鏡花

あの紫は
お池のかきつばた。
一つ橋渡れ。
二つ橋渡れ。
三つ四つ五つ。
かきつばたの花も
六つ七つ八つ橋。

あの紫は
おねえちゃんの振り袖。
一つ橋渡れ。
二つ橋渡れ。
三つ四つ五つ。
おねえちゃんの年も
六つ七つ八つ橋。

りす りす 小りす

りす りす 小りす    北原白秋

りす、りす、小りす、
ちょろちょろ小りす、
あんずの実が赤いぞ、
食べ、食べ、小りす。

りす、りす、小りす、
ちょろちょろ小りす、
山椒の露が青いぞ、
飲め、飲め、小りす。

りす、りす、小りす、
ちょろちょろ小りす、
ぶどうの花が白いぞ、
揺れ、揺れ、小りす。